ミニマリズム日和り

人と繋がりたい。双極性障害、パニック障害者がミニマリズムに出会い生きやすくなり、新しい日々を正直に生きるブログ。

自己紹介②小学生時代〜転校前〜

このブログは、自分に正直に嘘をつかず生きていく為に書いています。

自己紹介①幼少期のことはこちらで書いています。

http://busamote00.hatenadiary.jp/entry/profile01

幼少期に僕のネガティヴ思考や回避性思考は

創り出されたのですが、それを更に強く

根付かせたのが学生時代です。

優柔不断な自分もここで形成されていきます。

小学生時代

僕は、一年生の頃まで都会で育った。食べ物の

好き嫌いが激しく給食の時間がとてもニガテだ

った思い出がある。嫌いなモノを口に入れたく

なくて給食を最後まで残し続けた。

当時は、給食の後が掃除の時間だったので、

皆は食べ終わってさっさと食器を片付けて

机の上に椅子を乗せて教室の後ろへと運ぶ。

それを横目に焦りながらも嫌いなモノを口に

入れられなくて半泣きになる。しかし、先生は

許してくれない。

「最後まで残さず食べなさい」

このコトバは未だに頭の隅にある。

僕はこのコトバの意味が理解出来なかったのだ。

なぜ嫌いなモノを口に入れなくてはならないのか

わからなかった。

小学一年生の頃、唯一救いだったのが、僕の他に

もうひとりだけ給食がニガテで最後まで戦って

いた戦友がいた事だ。

彼は、襟足を長く伸ばした低身長イケメンだった。

給食食べたくない連合を結成した僕たちは、

(正確にはそんなものは存在せず、ただ単に

給食が嫌いで駄々を捏ねるだけ)

コミュニケーションを取るようになった。

登下校も一緒にするようになったのだ。

そこで、イケメンに人を集めてもらった

記憶がある。友達とまでは言えないが、

遊ぶ相手も沢山出来た。

僕は、その友達まがいの同級生を引き止め

たくて親に当時とても迷惑を掛けている。

寡黙な料理人の父と専業主婦の母の元で

育った僕。

両親は、僕の駄々に根負けしていた。

スーパーファミコンゲームボーイファミコン

ありとあらゆる物を駄々を捏ねて買って貰って

いた僕は、同級生を自宅に招きまくった。

たいしてゲームが好きなわけでもないのに

人気者まがいになりたくて必死だったのだろう。

常に5人くらいの同級生が集まるようになった。

その中に足が速くて、ゲームが上手いホンモノの

人気者がいた。彼に僕は憧れていた。それはお金

で買えるモノではなかった。金で買えないモノが

あるという事実を目の当たりにした最初の記憶

である。と同時に誰かに憧れ続ける人生の幕開け。

自分のアイデンティティが確立せず、誰かの

人生と比べ続けてきた僕の根本がここにある。

だが、今はミニマリズムに出会ってから

足を知る事の大切さを学び実践しているので、

とても気持ちに余裕が生まれている。

小学一年生の時の記憶は、自転車に乗るのに

めちゃくちゃ時間がかかったこと、バレンタイン

デーにミッキーマウスのチョコレートをもらった

こと、など印象深いエピソードはあるがこれは

また別の機会に書いていこうと思う。

小学2年に上がる際、僕は転校することになる。

〜続く〜