ミニマリズム日和り

人と繋がりたい。双極性障害、パニック障害者がミニマリズムに出会い生きやすくなり、新しい日々を正直に生きるブログ。

自己紹介その③転校後小学2年生〜6年生

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幼少期から小学2年生までは過去記事に記載しています。

 

 

2年生の時、僕は引越しをする事になります。

父が建売りの一軒家を購入した為、新しい家に。当時の僕は前のマンションより広くて、

自分の部屋もあるのでとても嬉しかったのを覚えています。

 

しかし、転校は小学2年生の心をぶち壊して

いくことになります。

内向的な人間で、家族で回転寿司に行っても

好きなネタを店員さんに頼めないコミュ障全開の僕が、引越しをするハードルは物凄く高かったです。

 

4月に引越して、最初の始業式は今でも鮮明に覚えています。

 

最初、体育館に集まって全校集会をしている所に先生に連れて行かれました。

体育館に入るには上履きを変えなくてはならないというルールを知らなかった僕は、いきなり怒られました。

 

こんな事で半泣きになるようなメンタリティなので、全校集会にいる事が辛かったです。

誰1人知らない中にポツンと後ろの方に立たされて校長先生の話などを聞いていました。

 

同級生であろう人達は、ジロジロと後ろをみて「引っ越してくるやつはどんなやつだ?」と

言わんばかりにヒソヒソ話をしている。

 

 

あー、もう帰りたい、今すぐに家に帰りたい。

そんな事を考えていました。その場所にいることがとにかく辛かった。勝手に被害妄想を爆発させて、緊張感で半泣きになりながら、最初の全校集会を終えました。

 

 

その後、先生に連れられて教室に戻りました。

自己紹介をしなければならず、名前を大きな声で叫び、よろしくお願いしますと言いました。

 

すると、拍手が起こり机へと先生が案内してくれました。2年生の頃は、家の近くに住んでいるN君が最初に声をかけてくれた事もあり一緒に帰る事が、多かったです。

 

この頃は、ゲームや石を蹴ったりして遊んだり、ドッジボールをしたりして小学生らしい?生活を送っていました。そんな中、忘れられない事件がふたつ起こります。

 

ひとつめは、僕の隣に据わっていたMさんが授業中にお漏らしをした事です。彼女も内向的な性格だったらしく、授業中にトイレにいく事を先生に言い出せなかったのだと思います。

 

僕は、授業が終わった後に雑巾で一緒に床を拭きました。これが、他の生徒は気に入らなかったらしいのです。それ以来、僕を見る目がとても冷たいモノになっていきました。陰口を言われるようになって、腹が立ちましたがそれを口にする事はありませんでした。ただ、ただ愛想笑いをしてその場を乗り切る事に徹することの繰り返し。僕が通っていた学校は2クラスしかありませんでしたから、結局その噂はすぐに隣のクラスにも誇張されて広がりました。当時僕は、被害妄想の塊でしたので、いつも陰口ばかり言われていると勝手に解釈してしまっていたのです。

 

 

そして、そのお漏らし事件以降さらに、衝撃的な事件が起きます。

 

ミニトマト噴射事件】

 

これは、僕が自分で起こした事件です。

 

小学2年生のとき、授業の一環でミニトマトを育てて食べるという食育的な事をしていました。

僕は、元々食べ物の好き嫌いがとても多い人間でした。その中で最も嫌いなものが生のトマト

だったのです。

あれは、忘れもしない。4時間目の授業で給食前の出来事でした。授業中に生トマトを食べていた際、案の定あの青臭さとプチっという食感に我慢できずにその場で吐いてしましました。

 

この吐くという行為をしたのは、僕だけでしたのでとても目立ちます。そして誰も助けてはくれず、自分ひとりで処理することになりました。当時の教室の雰囲気、同級生たちの冷たい目、陰口、先生の見て見ぬ振りなどは忘れられない体験です。

 

 

 

小学3年生

 

苦い思い出を残しつつ小学3年生に進学します。クラス替えが2年ごとに行われる学校でしたので、新たな気持ちでスタート…という訳にもいかず、内向的な僕はほとんど口を開くことがなくなりました。授業中に発言もする事なく、相変わらず苦手な給食もなんとなく無言で食べる日々が続いていました。3年生時は、特に事件が起こる事もなかったのですが、唯一年賀状をやり取りしていた担任の先生はとても優しい人でした。ひとりひとりの個性を伸ばしたり、コミュ障の僕に積極的に話しかけてくれたりと楽しい思い出が残っています。僕は、優しい雰囲気や空間がとても好きなのですが、それは彼女のおかげかもしれません。

 

 

小学四年生

 

ここでも事件を2つ起こします。これは、僕の中で消し去れない過去です。当時、値段の高いシャープペンシルを使う事がステータスみたいな風潮があり、彼らはどうしてそれを手に入れる事が出来るのか?疑問に思っていました。

 

ここで第1の事件【万引き事件】を起こします。値段の高いシャープペンシルをどうやって手に入れるかを彼らは教えてくれました。

それは、店から盗むという行為でした。

お金を払ってモノを買うという当たり前の価値観を見事にぶち壊したのです。

 

僕は彼らについていき、シャープペンシルの芯と当時大流行していたドラクエエンピツを盗みました。しかし、罪悪感にかられまくり、それを持ち帰る事が出来ず、近所の公園に穴を掘って埋めました。本当に心がズキズキして痛かったです。彼らは、その後も万引きをつづけていました。バレずに万引きした商品を正々堂々と使う事が出来る精神はやはり僕には理解出来ません。

 

そんな彼らは家庭を持ち、子供を育てています。子供にどうやって教育していくのでしょうか。

 

もうひとつの事件。

 

当時、大ヒットした【ポケットモンスター】というゲームがありました。現在も売れまくっている通称ポケモンは、赤、緑、青の3種類が売られていました。ちなみに、青はコロコロコミックの応募者にしか手に入らないという限定感が合間って持っている人はクラスカーストの上位に組み込まれる風潮があり、僕はそこに入り込みたかったので、いつも通りのダダを捏ねて買ってもらいました。ちなみに余談ですが、赤も買って貰っています。ホントに自己中心的で物欲のかたまりだった。

 

その反動からか、母親は勉強や宿題が出来ない僕を蹴り飛ばしたり殴ったりしていました。

母親もストレスが溜まっていたのでしょうね。母と僕の性格はとても似ていました。内に内に溜め込んで爆発してしまうタイプです。

まだ当時は、僕の力も弱く母親に勝てる術を持っていなかったのでそれに耐えることで、モノが手に入るのであれば耐えようと考えるようになりました。そう、僕は勘違いしていたのです。

 

話しが少しそれましたが、ポケモン青を手にした僕はクラスカーストの上位に組み込まれました。青持ってるんだぜって言うだけではじめはクラスの子達が寄ってきました。

 

しかし、ぼくはゲームが好きなわけではないので、レベル上げを特にする事もありませんでしたし、ストーリーを進める気もありませんでした。

皆がどんどんストーリーを進めて、レアキャラのミュウ、ほうほうなどのキャラクターを手に

 

入れ始めた時に僕は、【ウソ】をつきました。

 

この【ウソ】は僕の中でとてもデカイ記憶となり今でもココロに刻まれています。

 

とある、同級生に僕はミュウを持っているんだとウソをついた事をきっかけに、その同級生が皆に話し、クラスカーストトップにまで話が広まり、そいつらが自宅まで自転車で押し掛けてきたのです。

その数16名!めちゃくちゃ怖かったのを覚えています。ゲームの【ウソかホントか】でここまで攻められるものかという思いと、ウソをついてしまっていた自分の罪に悩まされていました。

しかし、それも一時的なもので僕は野球に出会い自ら野球がしたいと親に頭を下げて少年野球に入団することでその事は記憶の片隅に追いやることができました。

 

四年生は、冒険と反省の年だったかもしれません。片道20キロあるおばあちゃんの家に自転車で妹と言ったり、ダダを捏ねてハイパーヨーヨーやビーダマン、ミニ四駆を買ってもらったり、たまごっちがどうしても欲しくて同級生と自転車で30キロ近くあるお店まで走ったりと精力的に活動していました。この頃、はじめてやりたい事に出会いました。それが野球でした。

 

それまでは、なんとなく友だちが欲しくて友だちと同じものを買ってもらったりして自分の意志が全くなく流行りものを全て手に入れてきました。家庭にお金がないのを理解せず、ただのアホです。要するにずっとずっと僕はお金によって薄っぺらい人間関係を築いてきたのです。

 

しかし、野球に出会ったことに寄って少しだけ自信がつくようになり、授業中でも積極的に発言できるようになりました。また、上級生とスポーツをする事により、新しい世界が広がりました。

 

機会があれば、野球の話もたくさん記していきたいと思います。

 

小学5年生

 

少しだけ自信がついて積極的になった僕は、人気は全くなかったのですが人の目を気にしつつも誰もなりたがらない学級委員長に立候補したり、通学団の分団長になったりと肩書きにこだわるようになります。肩書きがあることで何もしていなくても気分が良かったのです。

 

しかし、人気者ではなかったので、遠足や臨海学校などはあまり者同士で造られたグループで面白くない時間を過ごしました。

 

小学6年生

 

最上級生になり、まわりがオシャレやヤンキーっぽいことをやり始めます。例えば髪の毛を染めてたり、髪型を気にしたり、リーバリスのジーパンを買って腰履きしたりと田舎特有のかっこよさを追求しはじめていました。僕は、自分を確立出来ていないので、彼らクラスカーストトップの真似事をして髪を染めたりジーパンを腰ではいたりしていました。つねに真似事をしている自分がカッコ良いと勘違いしていました。

 

自分を変えようと飼育委員長をやったり学級委員長もずっとやっていました。

また、人見知りや緊張する性格を克服する為に児童会の副会長にも立候補して人前で演説をしたこともありました。しかし、案の定人気がないので落選。

 

自分を変えようと努力をして失敗すると自信がなくなり、辛いと感じてしまう性格は小学生の頃になんとなく感じていたことかもしれません。

それが、中学に入り確信に変わることになるのです。

〜続く〜